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診断名サイコパス――身近にひそむ異常人格者たち

診断名サイコパス――身近にひそむ異常人格者たち

(原題:Without Conscience)

色々書くけれど、単純に読み物としてとても面白いものだった。

猟奇的殺人などに抵抗がなければ、ぜひ読んでほしい一冊。


この本を読んでいて、確かに ぼくの 精神が/常識の壁が崩れる音が聞こえた。

それだけ想像もつかない内容だった。

なかでも特に響いたところを引用する。

テキサスの殺人犯ゲアリー・ギルモアの言葉

「(略)…おれが言いたいのは、殺人は怒りのはけ口になるってことだ。怒りは理由なんかじゃない。殺人に理由なんていらなかった。理由をつけて殺人を理解しようとするのはやめてくれ」

彼らの攻撃は"冷たく"、まともな人が冷静さを失ったときに経験する激しい興奮状態に陥ることがない。たとえば、怒ったとき理性を失うかと訊かれて、ある受刑者はこう答えた。

「いや。おれはちゃんと自分を抑えてるよ。相手をどれくらい痛めつけてやろうかと考えてる」

どうだろうか。なんて恐ろしい言葉なんだ。とぼくは思った。

常人じゃ、こんな言葉は絶対に、一生どんな場面だろうと、出てくることはないだろう。

これが精神病質者なのか。そう思わずにはいられなかった。

またはこの部分だけを読んでも、

この言葉が持っている恐ろしさを理解することは難しいかもしれないが…。


詳しく状況を説明するのはとてもむずかしい内容のためここに詳細を書くことは出来ない。

だが、この本を読んで危機感を覚えた。

昨今のいじめ問題も、この精神病質と関係がありそうな気がする。

いじめられている子供は、いじめている子供に金を取られている。

子供なんだから盗みの一つや二つするのもしょうがない、なんて生ぬるいものじゃないと思った。

まず、他人から金を取るなんて、普通の子供(人間)は思いもしない。そしてせいぜい取るにしても数千円がいいところだと、個人的には思う。が、その少年たちは数万・数十万と取っている…。

さらにいじめをする人間は、言ってしまえば攻撃的ということだ。

反社会的行動といえる。

またそういう人間は攻撃的な行動をとることで少なくとも楽しんでいるはずだ。

とくにエアガンなんて使っている場合にはその攻撃性は顕著だと思う。

社会的に問題を起こす――この場合はサイコパスのことだが――人は、ほとんどが子供の時から多くの問題を起こすそうだ。そして信じがたいことにそのほとんどが将来犯罪を犯し続けるそうだ。

子供だから、と甘く見ていてはいけない気がした。

そして本書で著者のヘア氏も言っている(記している)。

子供に"サイコパス"という言葉を使うと、それを快く思わない人も大勢いるだろう。子供にそんなレッテルを貼るなんて、道義的にもとんでもないことだと。しかし、臨床経験や経験的調査の結果、この人格障害の素地は子供時代にも存在しうるし、実際に存在していることがはっきりとわかっている。精神病質障害は、成人して突如なんのまえぶれもなく現れてくるのではない。

これは、日本人の訳者(小林宏明氏)も訳者あとがきにて引用し、

"ほんとうの問題は加害者の人格構成に潜んでいるとは考えられないだろうか"

と自身の疑問も呈している。

いわば『学校』という『小さな監視社会』が当然のように、なんの疑問視されることもなく存在していることがおかしいのだと、ぼくは以前から思っている。(この本を読んで一時的に思っているわけではない)

この考えが正しいのか間違っているのかでいえば間違っているのだろうけれど。

本書で出てきた作品で気になったもの…

ウィリアム・マーチ『悪い種子』(古書扱い)

トマス・ハリス羊たちの沈黙

映画『M』 監督フリッツ・ラング

映画『地獄の逃避行』 監督テレンス・マリック

ウラジミール・ナヴォコフ『ロリータ

『アローン・ウィズ・ザ・デヴィル』(調べたが見つからず)

羊たちの沈黙は以前、ハンニバル・レクターシリーズの原点(?)である『レッドドラゴン』を読んでいたのだが読みきれなかった…ため再度挑戦ということになる。